技術解説 フリーパワーラジオ(無電源ラジオ)について
みなさんが電源を必要としないラジオというと、真っ先にゲルマラジオ(鉱石ラジオ)を連想されると思います。特に鉱石ラジオは、ラジオ放送開始時に手軽な受信方法として
普及した受信機です。
これらのラジオは、何といっても電池が要らないことが最大のメリットです。電池が要ら
ないということは、特に災害などの非常時において、電池の消耗を気にせずに常時情報が
得られるという、理想の情報伝達手段として期待されます。しかし、放送をクリアに受信
するためには、送信所から近い強電界地域において大きな外部アンテナを張るだけの
ロケーションが必要となり、実用的ではありません。
そこで、少しでも理想の情報伝達手段であるフリーパワーラジオを目指し、次の目標を
掲げました。
1.電源なしで中波ラジオが受信できること
→ ゲルマラジオと同様に、放送波のエネルギー(電力)を利用する
2.強電界地域にて外部アンテナを使わずに、コンパクトな内部アンテナコイルだけで
放送波を受信すること
→ 放送波から効率よく電力が得られるアンテナコイルを開発する
3.音声が聞き取りやすくすること
→ 混信を抑えるため電波の選択度を高めるとともに、音声が聞き取りやすい
周波数帯域が強調されるようチューニングする
本来、電源を使わずに微小な放送波をラジオ内部のアンテナコイルだけで効率よく受信
すること自体かなり困難ですが、今まであまり見向きされていなかったアンテナコイルの
形状や材質,回路構成,電子パーツの選定をより吟味することで、新たな一歩を踏めると
考えています。
さらにアンテナコイルは、コイルの各々の定数がトレードオフの関係になっているため、
単純に定数を増やす(減らす)だけでは目標を達成できません。そこで今回は、様々な
条件による実験を通じて得られたデータから、各定数のバランスを考慮しつつ最高の
パフォーマンスが得られるポイントを見つけ出し、現在のコイルに落ち着きました。
このような背景から、フリーパワーラジオ FPR-101が商品化されました。
1.電源なしで中波ラジオが受信できること
今回はゲルマラジオを基本とした回路構成に基づき、放送波のエネルギー(電力)を利用して受信します。
ゲルマラジオは大きく分けて同調回路、検波回路、レシーバから構成されます。ゲルマ
ラジオの動作原理については、様々なホームページで説明されていますので省略しますが、
ここでは少しでも感度を上げるためにはどうすれば良いかを考えてみましょう。
● 感度を上げるポイント
同調回路
→ 電波の選択度を上げる。
放送波のエネルギー(電力)を効率よく
受け取る。
検波回路
→ 少しでもロスを抑えて、放送波から
音声信号を取り出す。
レシーバ
→ 音声が聞き取りやすい周波数帯域が
強調されるようにチューニングする。
簡単に説明すると、同調回路はいかに多くのエネルギーを得るか、検波回路とレシーバは
いかにロスを減らすか感度を上げるポイントです。
初めに同調回路について説明します。本来の目的である放送波の選択を行なう際に、内部
アンテナコイルの選択度を上げることによって、他の放送との混信を抑えて放送を聞き
取りやすくすることができます。さらに、今回は強電界地域にて外部アンテナを使わずに
放送波を受信することが目的なので、レシーバを鳴らすだけのエネルギー(電力)を少し
でも多く受け取ることが、アンテナコイルの感度を上げるポイントになります。
また検波回路側から見ると、この同調回路はちょうど放送波から得られた電力を貯蔵する
電池のような役目を果たしています。時々ゲルマラジオの製作記事で、様々な検波回路を
接続して感度を向上させる実験例を見かけますが、これはあくまで検波回路における減衰を
いかに抑えるかを試しているのであり、同調回路で得られた電力以上のものを得ることは
できないことを理解しなければなりません。そこで今回は、まず初めにアンテナコイルの
性能を向上させて、少しでも多くの電力を得ることにウェイトを置いて開発を進めました。
次に検波回路においては、変換ロスを抑えて放送波から音声信号を取り出すために、順方向
電圧VFが低いダイオードを採用しています。一般的にはゲルマニウムダイオードを使用する
例が多いですが、今回は小信号用ショットキーバリアダイオードの中でも、さらにVFが低く
かつ逆方向電流IRが低いダイオードを選択して使用しています。
最後にレシーバは、以前によく使用されていたクリスタルイヤホンに代えてセラミックイヤ
ホンを採用しています。このイヤホンは偶然にも3kHz付近に 共振点があり、ちょうど人が
聞き取りやすい周波数と一致するため、この周波数帯域が強調されるようにLCフィルタを
入れて、音声を聞き取りやすくします。
2.強電界地域にて外部アンテナを使わずに、コンパクトな内部アンテナだけで放送波を受信すること
昔から、送信所の近くにおいて外部アンテナなしでゲルマラジオが聞こえることは知られています。理想を言えば、ポケットラジオで聞こえる放送は全て外部アンテナを付けずに受信
したいところですが、実際はノイズに紛れてやっと受信できるような放送を、増幅機能を
持たないゲルマラジオを基本としたフリーパワーラジオで受信することはかなり困難です。
従って、送信所から比較的近距離の強電界地域に限定して実現させることを考えました。
しかし特に都心では、超高層ビルによる電波障害が深刻になっているため、地域によっては
うまく受信できないこともあります。そのため、受信するためになるべく見通しのよい場所
を選ぶなどの条件が付いてしまいますが、今回は在京AM放送局が都心で受信できる程度の
送信所からの距離(約40~50km圏内)を受信範囲として想定しています。
ゲルマラジオの製作記事をみると、感度を上げるために径の大きなループアンテナとエアー
バリコンを使うことがあります。これはアンテナで誘起される電力をより多く得るために、
アンテナの径を大きくして磁束を多く通過させるとともに、比誘電率が低い空気を利用した
エアーバリコンを使用することによって、共振回路のQの減衰を 抑える効果があります。
しかし、アンテナのサイズが大きく実用的でないため、今回はフェライトロッドを用いた
バーアンテナを採用して、セットサイズの小型化を図ります。
初めに、同調回路を構成する共振回路の出力電圧と放送波の電界強度の関係式を式1に
示します。なお放送波の電界強度Eと放送波の波長λは、受信地域や選択する放送局によって
変わる定数なので、ここでは同じ条件として扱います。
式1において、共振回路の出力電圧を高くするためには、アンテナコイルの巻数Nと断面積
S、フェライトロッドの見掛透磁率 μapp、アンテナコイルの Qを増やせば実現できそうに
見えます。実際にゲルマラジオの高感度化に関する製作記事をみると、フェライトロッドを
多く束ねてアンテナコイルを製作している例がありますが、式1のそれぞれの定数の間で
トレードオフの関係が生じるため、思うように共振回路の出力電圧を上げることができず、
製作コストと手間を掛けただけの結果を得ることができません。
続いて、式1のそれぞれの定数(N,S,μapp,Q)に関して詳しく説明します。
2-1 アンテナコイルの巻数Nと断面積S
アンテナコイルの巻数と断面積を増やせば感度が上がることは直感的に理解できると思いますが、これらの定数に対してコイルの諸特性が変化するため、最終的にはバリコンと
組み合わせて共振回路として構成した時の特性がどのように変化するかを把握する必要が
あります。
まず、アンテナコイルの巻数を増やした場合、式2に示すようにコイルのインダクタンスは
巻数の2乗に比例するため、中波放送の帯域幅(531~1,602kHz)をカバーさせるために
は容量の少ない特別な(既製品でない)バリコンを用意する必要があります。また、巻数が
増加するとコイル線間の分布容量が増加し、場合によってはバリコンの容量より大きい寄生
容量として無視できなくなり、放送波を同調させることが難しくなります。
続いて、アンテナコイルの断面積を増やした
場合ですが、ここではフェライトロッドの
断面積(フェライトロッドを束ねた本数)を
増やすことを想定して考えます。
図1は当サイトで評価した、バーアンテナの
標準的な約300uHのコイルを実現するための
フェライトロッド本数と巻数の関係をイメージ
図で示しています。この図よりアンテナコイル
の断面積を増加させると、ある本数まで巻数が
急速に減少し、その後は徐々に減少することが
分かります。
また、アンテナコイルの巻線幅Wは巻数が多いほど増加しますが、インダクタンスを低下
させる要因になるとともに、ソレノイドの漏れ磁束に対する補正係数である長岡係数にも
関係するため、それぞれの定数のバランスを考慮しながら最適な巻数を見つける必要が
あります。
2-2 フェライトロッドの見掛透磁率μapp
フェライトロッドのカタログに記載されている透磁率は、磁界の影響を限りなく減ら
した時の数値(初透磁率)が記載されてい
ますが、実際にアンテナコイルでフェライト
ロッドを使用した場合、外部磁界のほかに
フェライトロッドの両端に現れる磁極によっ
て生じた反磁界が外部磁界を打ち消そうと
するため、フェライトロッドの形状やコイル
の条件によって比透磁率が変化します。そこ
でフェライトロッドがある時のLとない時の
L0の比を見掛透磁率として示します。
式1の共振回路の出力電圧と放送波の電界強
度の関係式から、見掛透磁率を増加させれば
共振回路の出力電圧Vを高くすることができ
ますが、少しでも反磁界の影響を受けないためには、フェライトロットの形状を細長くする
必要があります。
図2は当サイトで評価した、バーアンテナの標準的な約300uHのコイルを実現するための
フェライトロッド本数と見掛透磁率の関係をイメージ図で示していますが、このように見掛
透磁率はアンテナコイルの断面積(≒フェライトロッドの断面積)とトレードオフの関係に
なります。よって図2の特性結果を基本に、見掛透磁率とアンテナコイルの断面積の積が
最も大きくなるポイントから、それぞれ最適な見掛透磁率とアンテナコイルの断面積を導く
ことが最良と考えます。
2-3 共振回路のQ
共振回路のQは、図3に示した並列共振回路の等価回路において、式3の関係式が成り立ちます。図3の抵抗RはバリコンCの内部抵抗がほとんど無視できるので、コイルLの高周波
抵抗を直列-並列変換した成分が占めると考えられます。従ってQを高くするためには共振
回路のRを高くする、すなわちコイルの高周波抵抗を低減(高周波損失を抑制)させれば
いいことが分かります。ただし一般的に多用されるポリバリコンは、真空管ラジオで使用
されていたエアバリコンと比較してキャパシタの内部抵抗がやや低くなるため、共振回路
のQをやや低下させる原因になります。
コイルの高周波損失が生じる原因として、銅線の表面で生じる表皮効果の影響が知られて
います。そこで、今回は表皮効果の影響を抑えるために複数の絶縁された細い銅線を撚り
合わせて1本の電線にまとめたリッツ線を使用しています。さらにコイルを普通に整列して
巻くと、隣接線間の容量が増加とともに高周波損失が増加するため、一般的にはハネカム巻
によってコイルを製造することがありますが、今回は最も簡単な方法であるリッツ線と糸を
同時に巻いてリッツ線同士の 間隔を空けて線間容量を低減するスペース巻きを採用して
います。
これらの対策によって、今回開発したアンテナコイルとポリバリコンを用いた共振回路の
Qは250以上(@600kHz)を実現しています。ちなみに市販のバーアンテナを用いた場合
のQは、100~150(@600kHz)です。
ただし、Qを高くすることに対して注意すべき点があります。Qが高いほど図3に示した
コイルの共振周波数におけるコイルの両端電圧(=共振回路の出力電圧)が高くなるため、
この両端電圧に達するまで時間が掛かる、すなわち共振回路の応答性が悪くなります。
実際にラジオで使用した場合、放送波に同調しても音声が聞こえるまで時間が掛かることに
なり、周波数が直読できないラジオではチューニングが難しくなります。従って、Qをただ
単に高くするだけではなく、放送波がスムーズにチューニングできるほどのQを選択して
コイルを設計することが大事です。
3.音声が聞き取りやすくすること
今回使用するセラミックイヤホンは3kHz付近に共振点があり、この周波数付近の音圧が高くなります。ちょうど人が聞き取りやすい周波数と一致するところから、セラミック
イヤホンの容量と並列に接続したインダクタで中心周波数が約3kHzの共振回路を構成し、
この周波数帯域が強調されるように工夫しています。さらに、イヤホンのロットによっては
低域に共振点が存在して音声が歪むものがありますが、このフィルタによって歪みを改善
する効果もあります。実際にクリスタルイヤホンに引けを取らないぐらいクリアな音を聞く
ことができます。
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